【書評】地味を笑うな 現役メジャーリーガーが語る地味の哲学

書評

こんにちは

悟です。

今回は現役メジャーリーガーの平野佳寿選手の著書「地味を笑うな」を読んだので紹介していきます。

プロ野球選手が自叙伝を書くのは不思議なことではありませんが、「地味」を自称する人はいなかったのではないでしょうか。

本書の概要

本書は、平野佳寿選手の半生を語ったものです。

彼は自他共に認める「地味」なようで、本書のテーマも「地味であることを誇る」になっています。

この本の目的は、僕のこれまでの野球人生において、その節目節目にどのようなことがあり、何を考えて、どう行動してきたかを知ってもらうことで、「地味」であることの素晴らしさを多くの人に伝えることだ。

本書より引用

著者情報

著者である平野佳寿選手について簡単にまとめます。

平野佳寿選手について

経歴

2006年 ドラフト1位(逆指名)オリックスバファローズ入団

2018年 アリゾナ・ダイヤモンドバックス入団

2020年 シアトル・マリナーズ入団

主なタイトル

最多セーブ投手:2014年

最優秀中継ぎ投手:2011年

表彰

パリーグ特別表彰:2011年、2014年

入団初年度から、先発ローテーションで活躍、その後故障や病気を経て2010年から中継ぎに配置転換されます。

そこからオリックス在籍時の8年間のうち7年で55試合以上に登板し、タイトルも複数獲得しています。

一度はメジャーの差しを受けるも断り、2017年オフに海外FA権を行使してMLBへ移籍します。

野球ファン以外にはあまりなじみのない選手ではありますが、MLBへの移籍も納得の実績と経験を持っています。

とてもじゃないですが、野球ファンから見ても、この成績を持ってして地味とは言えません。

平野佳寿の地味論

先ほども書きましたが、本書で伝えたいことは「地味は素晴らしい」ということです。

日本で長く活躍しタイトルも複数取っている平野選手ですが、自分のことを「地味」だと思っているようです。

一方で地味の反対、いわゆる「派手な選手」として、イチローや大谷、その他にMLBのスター選手を挙げています。

確かに、そういった選手と比較すると、活躍も知名度も地味になってしまうのかもしれません。

地味の積み重ねなしに派手にはなれない

「派手」でいることもまた、大変な努力な努力と労力が必要だからだ。

平野選手は、プロ野球生活を通じて、多くのド派手なスターたちを見てきています。

私たちのような部外者から見ると、活躍しているイメージが強すぎて、これまでのキャリアも順風満帆、何でもセンスでこなしているように見えてしまいますが、そんなことはありません。

実際に長く活躍し続ける選手は、1人の例外もなく早くスタジアムに足を運び、もくもくと練習をこなしています。

シーズン中はもちろんオフ期間も体調管理と栄養に気を遣い、計画的なトレーニングを欠かしません。

どんなに派手に見えても、その見えている部分はほんの一部にすぎず、残りは地味な努力の積み重ねによるものです。

また、平野選手はその「地味の必要性」が理解されていないのではないか?と危惧しています。

報道で「子供たちの憧れの職業はユーチューバー」というニュースを見たとき、子どもがその理由を「楽して有名になれて、お金も稼げるから。」と言っていたのを聞いて残念に思ったと本書に書かれています。

「楽をする」ことを理想としていることに違和感を感じたそうで、「地味であること」をないがしろにしたり、笑ったりすることが、心の貧しさを生み出していると感じています。

戦略的な地味路線

「派手」や「地味」というのは他人との比較でしかありません。

派手を望んで派手な人、地味な人もいれば地味を望んでいる人もいます。「縁の下の力持ちタイプ」など、目立たなくても組織の役に立つことをモチベーションにする人もいて、そこに優劣はありません。

また平野選手は、好き嫌いだけではなく戦略的に「地味」を選ぶことも有効であると考えています。

まず始めに、派手であることは他との違いを強調して、圧倒的に目立つ必要があります。一方、地味は多数派でいても良く、チャンス自体も多くなります。

野球(MLB)では、エースはチームに1人、先発ローテも4~5人しかいませんが、リリーフならチームに10人くらいは帯同します。派手に憧れることは悪いことではありませんが、無理に背伸びをするよりも、自分の身の丈にあった堅実な選択も人生には必要です。

自分の居場所を確保して生き延びていくことを考えると、地味を選ぶのも有効な選択肢になります。

野球選手としてのこれまで

本書には、「地味」の哲学以外にも平野選手の野球人生も合わせて書かれています。

本書を読めば、それぞれのステージで、どんな出来ことがあり、どのように平野選手の現在を形作っていったのかを知ることができますが、この記事では野球人生を抜粋します。

中学までは軟式野球

平野選手の原点は、「小学生時代の指導者」です。

当時の監督やコーチが、野球の楽しさを教えてくれたおかげでいまがあると言うほどの恩人で、現在でも親交があるそうです。

プロ野球選手になるや、甲子園を目指そうなどは、考えたことがなく、純粋に「野球をやってみたい!」という思いから始まりました。

小学生に入った野球チームは、勝利至上主義とはかけ離れた、子供たちにスポーツの楽しさを教えようという方針で、そういった環境だったからこそ、平野選手の根底には「野球が楽しいもの」という思いが常にあります。

楽しい小学生生活を経て、平野少年は中学の軟式野球部に入ります。

小学生時代は「趣味」だった野球が、部活を通じて「勝利」を目指す深い競技であることを知っていきます。

その後、高校・大学へと進んで行くにつれて、野球への向き合い方が一段高いものに変わっていきますが、どれだけ厳しい環境におかれても野球を続けてこられたのは、小学生時代に培われた「野球は楽しい」という間隔だったそうです。

日本とアメリカの違い

NPBとMLBでは、練習や選手の管理など違いがあると言われていますが、平野選手が体感したことも話されています。

選手の管理

平野選手が驚いたと言っているのが選手の管理です。

渡米初年度のキャンプで、初日は20球、次の日も20球、日本の投げ込み調整になれていた平野選手は「ちょっとだけ…」と30球投げてみたら、コーチにかなり嫌な顔をされたそうで、徹底したコンディション管理がなされていることがわかります。

ちなみに、1年目は75試合に登板しており、日本時代を含めても最多でしたが、疲労が蓄積しているという感覚もなかったようです。

2年目は故障をしてしまいましたが、復帰までのステップがしっかりと決まっており日本と大きな違いを感じたと言っています。

社会人にも通じる仕事感

ここまで平野選手の【地味論】と野球人としての人生を振り返ってきました。

最後は、まとめとして平野選手の考え方のうち社会人にも通じる感をまとめてみようと思います。

求められる場で働く

スポーツ選手もビジネスマンも自分の働く場所を選ぶ必要があると思います。

選手にとってはチームであり、私たちにとっては会社になるでしょう。

職業や勤務地といったハード面の条件、給与や福利厚生といったソフト面が同じだった場合にあなたは何を決め手にするでしょうか。

平野選手の答えは、「自分が必要とされているか」です。

平野選手は、大学、NPB、MLBといずれも自分を一番評価してくれていたチームに入団しています。

大学は決して名門とは言えない、京都産業大学でした。

プロ野球では、どこに行っても担当スカウトの姿のあったオリックスを逆指名。

MLBでは、人気球団からのオファーもあったなか、真っ先に手を挙げてくれたダイヤモンドバックスへ入団。

「自分を必要としてくれている」、という熱意や誠意を意気に感じるという人は多いと思います。

条件が良いというのも、もちろん誠意ではありますが、やはり最後は人と人の関わり。

自分も「このチーム」のために働きたいと思えるような環境で働くことが、自分の実力を発揮するのに繋がると思います。

信じられるバックボーンを作る

求められている場所で働いたとしても、環境が変わることもあるでしょう。

ポジションが変わる、転勤する、転職するなど、自分の意思で挑戦する場合や否応なく、これまでの自分に変化が必要になる場合もあります。

そんなとき頼りになるのは、これまで自分の中に蓄えてきた下地です。

これは知識であったり技術といった準備ではなく、どんな場所でも応用できるような普遍的なものです。

平野選手にとっては、高校時代に壊れるほど行った投げ込みでした。

現在は、投げ込みやランニングなどのやりすぎは良くないという意見が広がってきていますが、既にやってきた人にとっては、科学的であろうがなかろうが、「自信」になっているのであれば否定する必要はないでしょう。

自分にとっての自信の源があれば、新しい環境に入ったとしても自分を見失わず順応していけるはずです。

「あなたにとっての自信の源はなんでしょうか」

ぜひ考えてみてください。

まとめ

簡単にですが、本書についてまとめてみました。

平野選手は、日本時代から大好きな選手の1人で、発売と同時に読破してしまいました。

私からしてみれば十分ド派手ですが、そういった人が「地味でいて良いんだ」「地味は必要だ」というメッセージを発信してもらえるのは心強いです。

これからの平野選手の活躍を願って、この記事を終えたいと思います。

みなさんも是非、読んでみてください。